オスマン帝国の歴史を記述するとき、15・16世紀の軍事的成功を伴う拡大期と19世紀の解体期に焦点を当てて記述し、とくに解体期を「東方問題」としてヨーロッパ外交秩序、列強の世界分割や勢力均衡の観点からのみ捉える見方は、いまなお支配的である。一種のオリエンタリズムに基づくこのような歴史観に対し、オスマン帝国を専門とする歴史家の多くが、600年にわたるオスマン帝国の歴史においてオスマン帝国をより主体的にいきいきと描き、アジアとヨーロッパの接点に位置するオスマン帝国を、両世界の交流の中に輝いた「世界帝国」として記述すべきと主張している。
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後者の歴史家からは、「東方問題」は古い歴史学の遺跡のように言われることがある。たしかにオスマン帝国史がヨーロッパ側からの視点でのみ記述されてきたことは問題とされてよいし、オスマン帝国を含む「帝国」と呼ばれる広域国家の「世界性」を解明することは歴史学の大きな主題の一つといってよい。しかし一方で、「東方問題」がヨーロッパ近代外交において重要な問題でありつづけたことも事実である。したがって「東方問題」的な見方がすでに古い、あるいはもはや用をなさないとするのは早計であろう。近代のヨーロッパの政治構造、なかんずくその条約体制が世界を覆い尽くしていく過程を捉える場合、「東方問題」は貴重な財源として多くの事例を提供するものであり、そこには多くの主題がある。